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2010年12月12日 - 2010年12月18日

2010年12月18日 (土)

彫刻家・高瀬省三「風の化石」

彫刻家・高瀬省三「風の化石」

同時代の作家で「いいなァ」と思える人は少ない。高瀬省三さんの流木から生まれた作品を見ていると、心地良い時間を感じられる。数少ない、情感を表現できる作家です。素材に従順すぎると、造形的な甘さが出るものです。この人は、手を加えすぎることをふみとどまることで、美しい形をとらえています。円空のように「無理のない手業」がそこにはあります。

2010年12月17日 (金)

宮廷画家・ゴヤの眼から北朝鮮を見る

宮廷画家・ゴヤの眼から北朝鮮を見る

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これは、宮廷画家になったゴヤが描いた版画です。王侯貴族の肖像画を数多く描いているゴヤが、一方で極めて陰惨な世界を描いています。ゴヤの眼は、しっかりとこの世界の理不尽さを見つめていたのです。最近のニュース「北朝鮮の砲撃」から緊張感を増すアジア情勢、脱北者の眼を通した「そこに住む人々の苦渋の生活」、あまりの残酷さと混沌に目を覆いたくなります。この国の闇がどこから来るのかは、誰の目にも明らかです。しかし、人々の心に深く浸透した悪魔を取り除くことはたやすいことではありません。人の弱さにしのびいる悪魔は古今東西常にいるのですが、多くの闇を心に共有したときそこから逃れる路は限りなく少ない。私たちは、歴史からそれを知ることができます。私たちの周りをもう一度見てごらん、恫喝(暴力)とペテン(疑心)に満ちています。天使よりも悪魔が多いのではないかとすら思うほどに、そんな理不尽な世界に私たちは生きているのかも知れません。

2010年12月16日 (木)

ハーゼンクレーヴァー「感傷的な娘」

ハーゼンクレーヴァー「感傷的な娘」

今日は時間がありますので、絵画の表現について書きます。若い頃、ロマン派の絵画展を観ました。ひととおり観た後に、どうしても気になる作品がありました。それがこの作品です。絵描きなら一度は夢見る「少女のポーズ」が、そこにあるのです。これに近いイメージで絵を描きたいと思ったことが、私にも一時期ありました。月を眺めるなら窓越しに、斜め後ろのポーズで物思いにふける少女。それは映画のワンシーンのように共通している場面です。だからこそ、絵にしたときに通俗的になるのです。絵描きの危うさがいつもそこにあるのです。何をどのように描いてもいいのですが、描いてる本人の意識がそれを拒否するのです。何故だと思います。たしかに一枚の絵と、時間の経過の中で表現する映画とは自ずと違うのですが、それだけではないのです。造形上の課題がそこにはあるのです。難しくはありません、この絵を見ればわかるのです。月を見ている娘の後ろに、あなたが居ることが、絵画の目的ではないのです。若き頃、何故か私はこの絵の写真を買いました。そして今も、大切に持っている。

2010年12月15日 (水)

かごに入ったカボチャ

かごに入ったカボチャ

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かごに入ったカボチャ(モチーフ)を、写真に撮る。時間の許す限りデッサンをする。絵を描くためのトレーニングと思い、今まで数多くデッサンしてきた。今日はそのデッサンではなく、モチーフについて書きます。この写真は、以前デッサンした「かごに入ったカボチャ」です。花もそうですが、カボチャも時間が過ぎれば枯れます。たいがいのものは枯れると、見た目きれいでなくなります。しかし、何事も例外はあります、このカボチャもその例外でしょうね。何度かデッサンしたのです。私のアトリエに来てから3年目ですよ、このカボチャ。どうです、風格すらあるでしょう、美しいでしょう。おそらく、カボチャとしてはもう死んでいるのです。モチーフとしては、まだ生きているのです。

2010年12月14日 (火)

G・F・ウォッツの「希望」

G・F・ウォッツの「希望」

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同じ作家、G・F・ウォッツの「希望」を見ることにしょう。希望というタイトルが付いているのに、この絵から受ける感情は何だろう。得体の知れない無常観が、この人物から感じ取ることができます。この頃の若き絵描きたちに蔓延していた「厭世観」がその底流にあります。甘美な画風と謎の多い作品群、それらすべてが相まって、不思議な魅力があります。

2010年12月13日 (月)

ジョージ・フレデリック・ウォッツの「オフィーリア」

ジョージ・フレデリック・ウォッツの「オフィーリア」

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19世紀中頃、イギリスで若い画家たちの間で小さなグループができた。彼らは、絵画をもっと崇高な道徳的なものにしようとした。 アカデミーはルネサンス期のラファエルの絵画を模範としていた。しかし若者たちは、ラファエルはあまりに劇的すぎて、わざとらしいと考えた。彼らはイギリスの絵画をアカデミックな様式から解放し、ラファエル以前の、絵画の素朴さへと返そうとした。これが「ラファエル前派」の運動である。 独自の美を追求し、様式的にはアカデミーと同じであるが、理念的には、象徴派へとつながっていく。 ギリシャ神話やアーサー王の伝説、シェイクスピア、キーツの詩などから主題を借り、好んで描いた。 ラファエル前派グループ自体は、1850年代までしか続かなかったが、人気は衰えず、その後のアート・アンド・クラフト・ムーヴメントや象徴主義へ、大きな影響を与えた。 今日はその中から、G・F・ウォッツの「オフィーリア」を見てみましょう。「内面を表現したい」という画家の気持ちがよく伝わってきます。ただこの画布には、ドラマの主人公の心が廃墟のように永遠に残されてしまう。

2010年12月12日 (日)

ヘンリー・ウォリスが描いた「シェイクスピアの部屋」

ヘンリー・ウォリスが描いた「シェイクスピアの部屋」

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若い頃、テートギャラリーで不思議な絵を見ました。それが「シェイクスピアの部屋」でした。何とも言えない雰囲気のある部屋でしょ。そこで少々暇でしたので、その生家に行ってみたのです。ずいぶん後で分かったことですが、イギリスでの詳細な古文書研究の結果、シェイクスピアの母(メアリー・アーデンハウス)の本当の家は、そこから30メートル離れた場所にあり、ヴィクトリア朝の建物として現存しているそうです。私の行ったところは全くの偽物ハウスだったのです。今もそのハウスは営業しているそうです(ロンドンは観光用として認可しているのです)。いろいろな意味で印象に残った絵です。
(この画家もラファエル前派のひとりです)

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