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アート

2014年6月13日 (金)

「恩地孝四郎と月映展」(福井市・E&Cギャラリー)を訪れた

福井駅から歩いて数分のところですが、暑いこと暑いこと、夏本番と少しも変わらない暑さに驚かされます。日影を選んで歩くこと数分、少し回り道でした(福井の街は久しぶりです)。


はじめてのE&Cギャラリー、白くコンパクトな空間に、恩地孝四郎・田中恭吉・藤森静雄の作品が整然と並んでいます。白い壁に、小窓がついているようにも見えます。それらは、小さな「時間の窓」です。「月映」の版画家たちの作品を、このような形で見るのは初めてです。これらの作品は、荒井由泰さんのコレクションの一部です。荒井由泰さんの手紙で、この会場をわたしは訪れたのですが、本を開いたような形でこれらの作品を見ることに少々戸惑ったのです。

桑原規子さんのギャラリートークは、恩地孝四郎の創作活動と装幀の仕事、そして周辺事情を詳細に解説していて、ずいぶんわかりやすいものでした。新たな視点で、さらに時代の文化状況を分析したい、そういった意欲に満ちたものでした

わたしたち古書店「月映書房」の名称は、「月映」の若い版画家たちの意思と無関係ではありません。「大正ロマン」と、この時代の雰囲気を情緒的に捉える人が多いのは、表象的に捉えた場合、無理からぬことです。ただ、詳細に分析してみると、時代状況はそれほど甘くはなく、文化状況も未成熟なままに推移しているようにも見えます。文学にしても絵や音楽にしても、時々の時代背景の影響下にあり、容易に「新しい芸術活動」などが生まれる環境にはなかったのかも知れません。個々の葛藤や苦悩から生まれた未成熟な作品として、わたしの目の前に現在あるのかも知れません。よく知っているつもりが、知らなかったことも見えてきました。もう一度「月映」時代を見つめ直すことも、案外無意味ではないのかも知れません。

2013年9月22日 (日)

ロートレックのポスター

ロートレックのポスター

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古書店「月映書房」には、ロートレックのポスターが一番いい場所に置かれています。

好きな画家は多い、しかし、画家で優れたデザイナーは、ロートレックだけです。

どこがいいかですって・・・線ですよ線、躍動する線、適確なデッサン力に魅力を覚えるのです。

何よりも、酔っていようが気持ちが移ろいでいようが「おかまいなしの線」、自信がなければあれほど「生きのいい線」は描けない。なかでも、すごいですよこのポスターは・・・わたしは暇さえ在れば眺めています。

2011年1月 9日 (日)

美しい『踊るサテュロス』に想いをはせる

美しい『踊るサテュロス』に想いをはせる

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1998年3月5日―。フランチェスコ・アドラーニャが舵をとる漁船が、最大の収穫と目される“獲物”を積んで入港しました。その“獲物”とは、地中海の真中、パンテレリーア島と南シチリアのボン岬の間、水深480mの海底で底引網にかかった《踊るサテュロス》でした。海から引き上げられた時、この青銅のブロンズ像は劣化し、古錆が大量に付着していました。また両腕と支えとなる右足は失われていたものの、その躍動感あふれる姿は、この作品が偉大な芸術家の手になるものであることを物語っていました。「サテュロス」とは、ギリシャ・ローマ神話で葡萄酒と享楽の神デュオニソス(バッカス)の供をする森の精です。葡萄酒に酔い有頂天になって踊る姿が生き生きと表されています。古代ローマ彫刻のレリーフなどに見られるサテュロス像と同様、おそらくこの像も豹の毛皮をかけ、左手には宴に供された器を、右手には松笠を載せた杖を持っていたのでしょう。《踊るサテュロス》は、像の出来栄えや様式などから、紀元前2世紀から紀元前1世紀ごろに制作されたと考えられています。数年間にわたる修復と調査を経て、《踊るサテュロス》は、現在、シチリア島のマザラ・デル・ヴァッロ市博物館に収蔵・展示されています。

2011年1月 8日 (土)

ミケランジェロの「最後のピエタ」

ミケランジェロの「最後のピエタ」

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ルドンに影響を与えたミケランジェロの彫刻です。晩年のミケランジェロの苦悩が最も表れた未完成の作品です。芸術家の精神性がどういうものであれ、必ずその作品に表れるものです。ルドンが描いた「目を閉じた状態」というのは、晩年のミケランジェロの苦悩が色濃く出ているこの「すべてが閉ざされたピエタ」と共通する、もっと深いところで見えてくるものに迫れたのだろうか。私も、できればこの「境界」に立ちたいものです。

2011年1月 7日 (金)

ルドンの絵を見る

ルドンの絵を見る

この目を閉じた憂いのの表情は、ルドンが描いた人物に共通するものです。この作品は、ミケランジェロの彫刻に影響されたものということです。晩年のミケランジェロの苦悩を思えば、表現技法の違いを超えた精神性をそこに見ることができます。目を閉じた状態というのは、もっと深いところで見えてくるものがあるということでしょう。

2011年1月 6日 (木)

レオナルド・ダ・ヴィンチの素描

レオナルド・ダ・ヴィンチの素描

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レオナルド・ダ・ヴィンチの素描の中でも《聖アンナと聖母子》が魅力的です。しかもこの素描には謎が多く含まれ、私の好奇心をくすぐるのです。この素描は、褐色の厚紙に木炭と白色の顔料で描かれています。1498年から1499年頃の作品といわれるこの《聖アンナと聖母子》の素描は、マリアの表情がとても美しく、レオナルドが理想とする表情を示しています。「・・レオナルドの描く女性は、宗教画と肖像画の別を問わず、知性に満ちている。極言すれば、この羞じらいに包まれた知性こそが、レオナルドの女性観の中核をなす。」と日本の著名な研究者に言わせるぐらいです。

2011年1月 5日 (水)

レオナルド・ダ・ヴィンチの手稿

レオナルド・ダ・ヴィンチの手稿

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ダ・ヴィンチの創造世界を解き明かすのに欠かせないのが、30歳ごろから手帳に書きためられたメモや素描類、いわゆる「手稿」です。現在、約8千ページが世界各地で保存されていますが、この倍以上がいまだに失われているとされています。手稿には、天文、建築、風や水の動態、動力、鳥の生態、人体の構造、人力飛行機についてなど、様々な領域に及ぶ考察のメモが書かれています。ダ・ヴィンチは、人体や自然を観察した結果を克明に描き写すだけでなく、目に見えないもの、いまだに形になっていないアイデアを視覚化する際にも素描という手段を用いました。不思議なことに、「手稿」に書かれている文字が判読しにくいのです。それらのメモは、鏡文字や暗号のような反転文字などで書かれていたのです。レオナルド・ダ・ヴィンチが残した10枚の「絵画」と(散逸したものを含む)無数の「素描」や「手稿」が、ドラマじたての「謎」を生み、いつまでも好奇の眼がそそがれることになるのです。

2011年1月 4日 (火)

レオナルド・ダ・ヴィンチ「受胎告知」の謎

レオナルド・ダ・ヴィンチ「受胎告知」の謎

レオナルド・ダ・ヴィンチの10数点しか現存しない絵画作品のうち、初期の傑作「受胎告知」を日本でも見る機会がありました。「受胎告知」は20代初めのレオナルドが描いた実質的なデビュー作で、ルネサンス美術の宝庫、フィレンツェのウフィツィ美術館でも最も重要な作品のひとつです。完成作では「最後の晩餐」に次ぐ大作ながら保存状態もよく、制作当時の画面を今日に伝えています。この展覧会でも、「受胎告知」をレオナルドの活動の出発点にすえ、手稿類などの最新の研究成果を紹介して、レオナルドの創造と知の全容を見せてくれました。私にとっても、若き頃のイタリアの街とともに、思い出に残る作品です。この絵のマリアの右手が不自然に見えたので、「レオナルドのミスかな」と長年疑っていたものでした。本来の展示場所(制作当時)を知り、謎のひとつが解けました。不自然な角度から、見る人の視点(効果)を計算していたのです。やはり、レオナルドにミスは無かったのです。

2010年12月23日 (木)

ピカソは好きか嫌いか?

ピカソは好きか嫌いか?

「ピカソは好きか嫌いか?」と聞かれたら、どう答えます。これは、ピカソ(青の時代)の作品です。サーカス小屋の人々を描いた、シリーズ(連作)の1点です。この頃を、ピカソの「青の時代」といいます。青系の色を多く使った時期ですのでそう呼ばれますが、そのあと「赤の時代」といわれる時期もあるのですよ。ピカソほど、変貌していく作家はいません。私たちが目にするピカソの作品はきわめて多く、その描画スタイルは年代によってかなり変わります。だから、「わかります?」と聞かれることも多いのです。そういう意味では、この作品は「何が描かれているか」がわかります。よくわからない作品も含めると、つまるところピカソは「好きか嫌いか?」になるのでしょう。私は「好き」と答えますが。「絵を見る」というのは、見る人の気持ちがその価値を左右します。「音楽を聴く」のに近いかも知れません。

2010年12月22日 (水)

ダリの絵は私たちを挑発します

ダリの絵は私たちを挑発します

ダリの絵は、近代演劇を見ているように刺激的です。私たちをつねに挑発してきます。生活そのものが演出された舞台であり、ダリ自身がまさに俳優のようです。シュールな画面からは、時代の病巣(科学や宗教の限界など)をメッセージとして受け取ることができます。ダリは、時代を的確に反映した作家といえます。